赤ちゃんが話すまでに起きていること

 

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これはかなり参考になるのではないでしょうか。毎日新聞の記事から見つけたものです。

 

連続講座「赤ちゃん学入門講座~ヒトのはじまりを科学で探る~」(同志社大学主催)の内容を紹介する連載第7回のテーマは、「赤ちゃんの『話す』」です。赤ちゃんが言葉を獲得するメカニズム、養育者や保育者が赤ちゃんに語りかける際の特徴やその意味などについて、麦谷綾子・NTTコミュニケーション科学基礎研究所主任研究員が解説します。

赤ちゃんは着実に「話す」ための準備をしている

 生後6カ月の赤ちゃんは話すと思いますか? 言葉を話すという意味ではまだですよね。では赤ちゃんが言葉を話しはじめるのはいつでしょうか。1歳前後でいわゆる初語と呼ばれる意味のある単語を話し始め、1歳半くらいになると語彙(ごい)がかなり増え、その後に二つ、三つの単語を組み合わせて「牛乳、ちょうだい」などとお話できるようになります。しかし、初語が出る前の赤ちゃんも、実は話すための下準備を着実に進めているのです。

 赤ちゃんの発する声は段階を追って発達していきます。私たちが言葉を話す時は舌や唇を動かしていろいろな音を作りだすのですが、新生児期はまだ、口の中で舌を自由に動かすことができません。声を出すとしても、いきんだ拍子に母音的な音が出る程度です。それが2~3カ月になると、クーイングと呼ばれる、母音と子音の両方の要素を含んだきれいな声を出し始めます。4~6カ月では、響きは不十分でも母音と子音が組み合わされた音節を持つ過渡期喃語(なんご)が出るようになり、さまざまな声の出し方を試す「声遊び」がはじまります。7~10カ月では明瞭に音節を発音できるようになり、口の開閉を使って「マンマンマン」といった規準喃語を発するようになります。11~12カ月になるとさらに複雑な声を出せるようになり、より言葉に近い発声を行うようになります。

喃語は言葉?

 生後半年ごろから出てくる喃語は言葉なのでしょうか。どうもそのようだ、ということを示唆する研究があります。脳の中で言葉をつかさどる部分は、ほとんどの人は左半球にあり、左半球は体の右側の機能を支配しているので、大人は通常、言葉を発するときに口の右側がよく開きます。赤ちゃんがいろいろな声を出している時の顔をビデオに撮っておき、顔を半分に分けて口の左右の開きを解析すると、喃語ではない発声の時は左右の口の開きに差はありませんでしたが、喃語を発声している時はやはり、口の右側の開きが大きくなりました。喃語が意味を含んでいるかどうかは分かりませんが、言語をつかさどる左半球のコントロールが強いことから、少なくとも“話し言葉の前駆体”と考えていいようです。

 言語にはそれぞれリズムや音声の特徴があります。私が行った研究で、ある日本人の赤ちゃんが5歳になるまでの声とお母さんの声を収録し、そのリズムを解析しました。すると、赤ちゃんの声は月齢が上がるにつれて、だんだんお母さんの話す日本語のリズム特徴に近づいていき、25カ月にはお母さんの発声リズムとほぼ同じ状態なりました。つまり赤ちゃんは2歳よりも前にお母さんの発声をひな型に言葉のリズムを獲得しはじめて、2歳ごろには母親と同じようなリズムで話すようになる可能性が考えられます。

 発声に母語の特徴が現れるのはもっとずっと早いことを示す研究もあります。ある研究者がドイツ人とフランス人の新生児の泣き声を分析し、声の強さと高さを調べました。ドイツ語は最初の音が強く、高いという特徴がありますが、ドイツ人の赤ちゃんの泣き声もまさに同様でした。フランス語の特徴は語尾が伸びがちで、後ろの音が強く高いことですが、フランス人の赤ちゃんの泣き声も最初の部分より後ろの方が強かったのです。つまり、新生児の泣き声の高さと強さの変化の特徴はそれぞれの「母語」の音声特徴に一致したのです。この結果から、赤ちゃんは胎児期におなかの中でお母さんの発声を学習していると考えられます。

接尾語や育児語が手がかりに

 いざ1歳ごろに言葉を話し始める時、どのように言葉を学習していくのでしょうか。例えば、ガラガラというおもちゃの名前を教える時、親はただ「ガラガラ」とだけ言うわけではなく、「ほらガラガラだよ、音がするねー」などと言うでしょう。つまり、赤ちゃんが聞いている言葉は常に連続した音声であり、その中から単語を切り出し、それをものと結びつけて意味を学習するというステップが必要です。では、最初のステップである単語を切り出す作業は何を手がかりにして行うのでしょうか。日本人の場合は接尾語の「~ちゃん」(ウサギを“うさちゃん”と呼ぶなど)や接頭語の「お」(おもち、お菓子など)を使っていることが示されています。もう一つ重要なのは、ワンワン、ニャンニャン、クックなど育児語、幼児語と呼ばれる言葉のリズムです。育児語は、同じ言葉を繰り返しが多く、真ん中の音が伸ばす音、はねる音「ん」、つまる音「っ」、小さなヤユヨかであることが多いことが特徴です。それが育児語の独特の音感やリズムパターンを生み出していると言われています。この育児語のリズムも単語の切り出しにかかわっています。

言葉の意味を理解するための三つのルール

 単語を切り出した後にその意味を学習するときは、どのようにするのでしょうか。例えばお父さんがウサギ小屋の前で指をさし、赤ちゃんに「ウサギがいるよ」と教えているとします。赤ちゃんはなぜ、「ウサギ」が、毛の色や耳、跳ねている状態を指すのではなく、目の前のその動物のことだと分かるのでしょうか。実は赤ちゃんはあるルールを持っていて、そのルールに沿って言葉の示す対象を絞り込んでいるらしいということが分かっています。

 ルールの一つは「ウサギがいるよ」と言われた時に、毛の色や耳などある部分を名付けるのではなく、まずは全体を捉えるというものです(事物全体制約)。もう一つは、基本的に一つのものには一つの名前しかないと考えるというもの(相互排他制約)です。例えば、ウサギの横にカメを出して「カメだよ」と教え、その子がウサギを知っていたとすると、ウサギではない方をカメと理解します。さらに、あるウサギに「ウサギ」と名前を付けたとしても、「ウサギ」は目の前のウサギ一羽だけの名前ではないということも瞬時に学習します(カテゴリー制約)。つまり、よく似た動物全体のことをウサギと呼び、呼称や個人名称としてウサギがあるわけではないと推論できるのです。しかし、こうしたルールは必ずしも正しいわけではありません。例えば犬とワンワンなど、必ずしも一つのものに一つの名前しかないわけではないですが、最初から大まかなルールを持っていることによって、効率的に学ぶべき言葉が意味する対象を絞り込み、急速に言葉を学んでいくことができるのです。

赤ちゃんは対乳児発話で語りかけてくる人を見る

 大人が赤ちゃんと成人に話す時は、話し方が違います。大人が赤ちゃんに話しかける時は、どの国でも一致して▽声が高い▽イントネーションが豊か▽速度がゆっくり▽発話が短い▽発話間のポーズが長い--などの特徴があり、これを対乳児発話やペアレンティーズなどと呼びます。赤ちゃんは対乳児発話で語りかける人に注目しやすいことが分かっています。

 モニター上に知らない女性が出てきて「対成人発話」で語りかけた後に、見たことのない女性が出てくると、赤ちゃんは新奇な顔を見る特徴がありますから、後から出てきた人の顔を見ます。ところが、ある女性が対乳児発話で語りかけた後に、別の女性が出てくると、赤ちゃんは最初に語りかけてきた女性をよく見ます。つまり、対乳児発話で語りかけると、その人を注目するという行動が引き出されるのです。また、少なくとも生後8カ月の赤ちゃんは、育児語のリズムパターンに注意を向けることも分かっています。大人は対乳児発話や育児語の使用を求められているわけではないのに、使ってしまいます。おそらく赤ちゃんという存在の“かわいさ”を感じた時に、こういう発話が引き出されるメカニズムが人間に備わっているのではないでしょうか。こうした相互関係が言語獲得を含めた発達に有利に働いているのではないかと考えています。

生後2カ月までに“会話”する

 冒頭で生後6カ月の赤ちゃんが話すか尋ねた時、「話す」と答えた方がいらっしゃいましたが、これも一理あります。赤ちゃんは生後2カ月までに、通常の会話と同じように、相手の反応を見て反応を返すというコミュニケーションを取れるようになります。赤ちゃんと養育者の相互的なやりとりを原会話と呼びますが、さまざまな要因によって母子の相互コミュニケーションがうまくいかなくなることもあります。

 母親の産後うつもその一つです。赤ちゃんが声を出した時、お母さんがタイミング良く応答してあげると発声量が増え、言語に近い声が出てくることが分かっていますが、うつ病の症状があるお母さんは総じて応答が遅く、対乳児発話に特徴的な豊かなイントネーションも少ないといわれます。お母さんに限らず、うつ状態の人は全体的に応答が遅延しがちです。また、赤ちゃんとお母さんの間の心のこもった情動的な触れ合いが少なく、ダメ、やめてといった禁止する態度を取りやすいという研究結果もあります。

 赤ちゃんが学習する言葉は「母国語」ではなく「母語」です。つまり、お母さんや保育者の方言やしゃべり方の特徴も含めて学習しているのです。また、言葉の発達には個人差や性差があり、一概にある時期に一定量の言葉が獲得できるというわけではありません。それでも赤ちゃんは生後わずか数年のうちに、言葉を上手に操るようになるのです。この不思議を少しでもひもとけたなら幸いです。

(毎日新聞より)